10さいの頃からの病気
私は、この病気と生きるのだ。そういう宿命なのかと落胆して思ったのは、10才の時だ。
その頃は喘息も治ってなくて、勉強が苦手な私が唯一つ得意な運動も制限されていた。
私にはなんにもない。美人でもないスタイルも良くない頭もよくない男にもモテない。何で神様は私をここまで才能のない人間に育てたのだろう。そう思っていた。ただ、恵まれていたことは親が優しかったこと、ちゃんと働く親で誕生日も祝ってくれるし、病院も通わせてくれる。習い事もさせてくれる。旅行も連れてってくれる。私が生まれて1番恵まれていたことは、もしかしたら、言葉遣いの礼儀を知らないところやモラルを疑うバメンもあるけれど、親かもしれない。だから、治らない病気があっても無能でもここまでやれているんだと思う。
てんかん発作 久々に
意識朦朧とした。生理で体調弱くなってるのは事実。風邪は引いてないし食欲はある。でも、発作が出て、一瞬訳がわかんない頭の状態になった。
私、一人で生きてるけど時々母親が、心配するの。そんな心配しないで。私はこの病気と20年以上共に生きている。友達もいるし、仕事も今のところやってるよ。お嫁に行ってないからって心配しないで。いつか、素敵な人が現れるよ。
夢中になれるもの
今は副作用の眠気が強くて、ボランティア活動なんて難しい。何か夢中になれることないのかな。彼氏もいないし、スポーツは体力的に難しい。料理に夢中になろうかな。この前、初めてとんかつ作ったから天ぷら作れるようになりたいな。
頑張ろっ♪(^^)
どういきるかな。
脳は、すばらしいものだったり残酷なものだったりする。
良いものにできるか悪いものに働かせてしまうかは、少なくともその人と環境と遺伝が関係している。
この病気のことで、私は日々、危険と共に生きている。でも、そんなこと、家族以外の人間は知ったこっちゃなくて、それはしょうがないとも思う一方、辛いとも思う。
死ぬまでに、この病気の理解を少しでも多くの人に深めてもらいたいと思う。
私が生きてきた意味を残すためにも。
てんかんと私
小学生からこの病気を抱えている。
病気の症状、周りからの理解において、困難なことがいろいろとある。とても大変と思う日もある。
それでも、この病気を持っている自分を嫌いになったことはない。この病気を持っているのが私なんだと昔から、心得て生きてきた。
一人暮らしをする今、一人で生活費を得ないといけず勿論働いている。ここ最近、記憶する力が弱っている。医者にも関係なくはないと言われた。しかし、がんばらないと。手術したら、海馬が部分的になくなる。もうひとつの海馬が働くから、記憶力は良くなると言われた。本当か?医者は手術のメリットしか教えてくれない。心臓の手術もこわいけど、脳の手術もこわいよ。私は、薬での治療を望んだ。でも、また手術、勧められるんだろうな。
だれか、是非ともてんかんの医療をすすめてください。
男の子 タイプに合わせて育てないと大変なことに
男の子には、いくつかのタイプがある。
男の子は、女の子に比べて、競争心が強い割に、傷つきやすい。だからこそ、お父さんお母さんには、育て方を勉強して、タイプに合った道徳教育で育ててほしい。
私が知ってるのは、人に気に入られようと人からの評価を得ることを根本的に一番にしているタイプの男の子が、小さい頃に挫折を知ったり、トラブルにたいしてどう対応すべきか考えるきっかけがなかった場合、社会人になってから、うつやギャンブル依存症といった精神疾患をもつ大人になるタイプ
今、精神疾患を持つ方が多い世の中。
私は、決してこのままで良いと思わない。
幼少期の体験は、人生を左右すると言っても過言ではない。沢山の子供が心身ともに元気に育つ日本になってほしい。でないと、このままでは日本は本当にまずい。